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豆まきの由来や意味は?節分との関係と鬼は外、福は内の掛け声の意味

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豆まき 由来

豆まきは節分の行事で欠かせないものの一つですよね。

でも、この豆まきの由来や意味って、いったいどんなことがあるのかご存知でしょうか。

「鬼は外、福は内」の掛け声にあるように、悪い鬼を外に追い出し、良い福を家の中に入れようといったことは、なんとなくわかると思います。

でも、そんな豆まきの起源は中国にあり、それが日本の文化と合わさって出来たものだと考えられています。

そこで今回は、

豆まきの由来や意味は何なのか。

節分と豆まきとの関係性や「鬼は外、福は内」の掛け声と地域による意味の違いなどまとめました。

すごく変わった豆まきの風習を持つ地域もあるので、ぜひ最後までご覧ください。

 

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豆まきの由来や意味は?

節分の日には豆まきや恵方巻きが欠かせませんよね。

そんな節分の豆まきですが、私も子供の頃はよくやりましたし、鬼役の父親にめっちゃぶつけていました。

まあ年齢もいい年になると、さすがに豆まきすることはなくなってきましたが、この豆まきの由来は何なのか。

豆まきにどんな意味があるのか?

 

その豆まき意味については、掛け声の

「鬼は外、福は内」

ここから何となく

悪いものを追い出して、良いものを家の中に入れる

という意味は分かると思います。

じゃあ、この豆まきの起源はいつからどのようにして行われるようになったのか、その由来と本当の意味についてみていきましょう。

 

豆まきの由来とその起源

豆まき 起源

この節分の豆まきの起源は中国から伝わったもので、平安時代に行われた

追儺(ついな)の儀式

という、「悪鬼を追い払う儀式」に由来していると言われています。

この追儺は、大晦日(旧暦12月30日)の宮中の年中行事として行われていたようです。

 

この追儺の儀は、方相氏(ほうそうし)と呼ばれる鬼を払う役目の役人と、脇に仕えるシンシと呼ばれる役人が、大内裏の中を掛け声をかけつつ回ったとされています。

そのような儀式を再現した節分の催し物が、平安神宮でも行われているようですね。

 

平安神宮節分「大儺之儀」

この儀式はもともとは宮中で行われていたものですが、室町時代から鬼を追い払うための儀式というように変わっていき、一般にも広がっていったと言われています。

 

豆まきとして広がった由来にはいくつかあり、

  • 米や豆などの穀物には邪気を祓う力がそなわっていた。
  • 鞍馬山の鬼が京都を荒らした時に、毘沙門天のお告げによって炒り豆(大豆)を投げて鬼の目を潰した。
  • 豆は「魔目:鬼(魔)の目に投げつける。」「魔滅:魔を滅する力がある」と考えられていた。

大豆は五穀(米・麦・粟・豆・きび)の一つで、昔から神事でも多く使われてきました。

このようなことが起源となって、今のような豆まきの形として残っていったと考えられています。

 

豆まきの大豆を炒る理由

節分の豆まきで使う豆は、商品名に「煎り豆(煎豆)」と書かれて、カサカサのものが販売されていますよね。

この大豆はきちんと煎ったものを使わなければならないんです。

 

というのも、生の大豆の場合は外に投げたらきちんと拾っておかないと、豆から芽が出て縁起が悪いとされているからです。

芽が出ることは「災いの目が出る」ということにつながると信じられているんですね。

 

そして、大豆を「煎(い)る」これは

「射(い)る」

つまり、「鬼」を「射る」ということにも掛かっています。

 

また「陰陽五行説」では豆や鬼は「金」にあたります。

その「金」に勝つのは「火」なので、鬼をやっつけるために豆を「火」で煎って豆まきしたとも言われています。

さらに言うと、本来はお祓いした豆を使うそうですが、現代でさすがにそこまではといった感じですね。

 

豆まきの由来と鬼の意味

豆まきいつ

豆まきには、「豆」「鬼」が重要なキーワードになってきますが、ここで言われる「鬼」というのは、

姿の見えない「災いや疫病、飢え」

このことを指しています。

昔は「 姿の見えないもの」「人の力ではどうにもできないもの」「邪悪なもの」のことを

「陰(おん)」や「隠(おぬ)」

というように呼んでいました。

 

これが「鬼(おに)」の語源と言われています。

ですので、本来は目には見えない恐ろしいものなんです。

これが陰陽道の思想が加わって、赤鬼や青鬼のような姿格好の鬼が生まれたようなんですね。

 

豆まきと節分の関係性とは?

豆まき 節分

さて、この豆まきを行うのは追儺という儀式に由来して、日本の文化などが合わさって豆まきとなり、それが一般的に普及していったのですね。

その豆まきで鬼を追い払い、厄除けを願う行事となったわけです。

でも、どうしてこれを節分の日にするのでしょうか?

 

最初にちょっと触れましたが、この追儺の儀式は、

大晦日(旧暦12月30日)の宮中の年中行事

として行われていたようです。

 

時期としては、大晦日に行われていたもののようですが、今では大晦日にそんなことはしませんよね。

というのも、この大晦日というのは旧暦のもので、新暦に変わった現代ではちょっと事情が違うんですね。

 

その説明には、節分と大きな関係にある

立春

こちらがとても重要なキーワードになります。

この立春と節分の関係について先に触れていきましょう

 

節分と立春の関係と豆まきについて

立春01

節分に行う「豆まき」ですが、節分と言えば2月の節分しか思い浮かびませんよね。

現在私たちが節分と呼ぶものは、

立春の前日

この日が節分になっています。

 

そもそも、立春というのは簡単に言うと、

暦が春に変わる日

この立春を境にして季節は徐々に春へと移り変わり、草木が生え暖かい気候へと変化していくのです。

 

でも、2月にある立春のことを「春が始まる日」と言われても、ちょっと早い感じもしますよね。

どうして春の始まりと言われる立春は、2月の始めに訪れるようになったのでしょうか?

 

それは、この暦を作った中国と、日本の四季との気候の違いがこのような差を生んだと言われています。

この立春はこれ以上になると話が長くなるので、立春について詳しく知りたい方はこちらをご覧になってください。

参考ページ

立春はいつ?立春とはどんな意味?この日の食べ物は?

 

さてこの節分は立春の前日にありますが、でも実は節分というのは年に4回あります。

本来は「立春、立夏、立秋、立冬」の前日をすべて節分というんです。

つまり節分というのは、

「節」「分」ける

ということで、節分と名付けられています。

 

ただ、なぜ立春の前日だけ節分って呼ぶのか?

それは、この立春が旧暦では正月のような扱いをされていたからなんです。

立春になると暦の上では

このように変わっていくとても重要な日で、春になるというのは1年の始まりをも表しているんです。

だから年賀状とかでも「迎春」というような賀詞が使われますが、昔はこの立春が正月のような意味合いを持っていたのです。

 

そんな1年の始まりって、とても重要な日ですよね。

お正月は祝日だし「1年の計は元旦にあり」とも呼ばれるくらいで、新しいことを始めたり気合を入れたり、年賀状を出したり、年末大掃除したり、もうたくさんありすぎます。

 

立春03

そんな大切な日の立春と、ほかの立夏・立秋・立冬とはまた別の感覚がありますよね。

だから旧暦から新暦に代わっても、立春の前日の節分だけが今もこうして残っているわけなんですね。

つまり、この立春の前の節分というのは、今でいうところの「大晦日」のようなものです。

 

さて話が戻りますが、そんな旧暦の大晦日では、追儺の儀式が行われていたというお話でしたよね。

ですので、現代のこの節分の日に「豆まきをする」という行事が今でも残っているというわけなんですね。

 

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豆まきの鬼は外、福は内の掛け声の意味は?

豆まきの時は

鬼は外、福は内

こういう掛け声で豆をまいて、鬼役のお父さんとかにぶつけたりします。

まあ、鬼役に豆をまくかどうかは別として、この掛け声の意味って、まあその言葉通り、

(=邪気)は外に行け
(=幸福)は家の中に入ってこい

ということで、豆を鬼に投げつけて退治しよう。

 

鬼というのは「目に見えない災いや苦しみ」ということだったので、それを豆で追い払う厄除けの行事ですね。

ただ、実はこの掛け声が

  • 「福は内」だけとか
  • 「福は内、鬼は内」や
  • 「福は内、鬼も内」だったり
  • 「福は内、鬼は内、悪魔外」

などといった掛け声に代わる地域があります。

どこの地域がこういう豆まきの掛け声になるのか、ちょっとまとめてみました。

 

豆まきの掛け声が「福は内」だけ

豆まきの掛け声が「福は内」だけになるので有名なのが、

千葉県の成田山新勝寺の節分会

成田山新勝寺の節分会での豆まきの掛け声は「福は内」だけなんですね。

 

【成田山新勝寺節分会の豆まき】

これは御本尊である不動明王の前では、その大慈悲心によって鬼も心を入れ替えてしまうからだと言われています。

 

豆まきの掛け声が「福は内、鬼は内」

さて、豆まきの掛け声が「福は内、鬼は内」になる地域が

群馬県藤岡市 鬼石地区

この町は「鬼が投げた石でできた町」という伝説があるようですね。

その鬼石地区では、

「鬼恋節分祭」

といって、他の地方で追い出された良い鬼を呼び込むんだそうです。

 

鬼石町 鬼恋節分祭 豆撒き

 

豆まきの掛け声が「福は内、鬼も内」

豆まきの掛け声が「福は内、鬼も内」

さきほどの鬼石地区の掛け声にも似ていますね。

こんな掛け声になる豆まきの地域が、

奈良県吉野郡 金峯山寺蔵王堂

金峯山寺蔵王堂では全国から追い払われた鬼を迎い入れて、仏門に帰依させて改心させるのだそうです。

 

鬼火の祭典「金峯山寺節分会」

動画では鬼が僧侶たちにいたずらしていますが、「福は内、鬼も内」の掛け声で豆を投げられ、そこで改心していく様子が映されています。

 

豆まきの掛け声が「福は内、鬼は内、悪魔外」

そして、全国でも珍しい掛け声が、

「福は内、鬼は内、悪魔外」

この掛け声で行われる節分の豆まきの地域が、

埼玉県比企郡 鬼鎮神社

この鬼鎮神社は、鎌倉時代の勇将・畠山重忠の館の鬼門除けとして建立したものだそうです。

この神社では、金棒を持った鬼が祀られているので「鬼は内」と掛け声します。

 

鬼鎮神社の節分祭

ここで言う「悪魔」とは参拝者に憑りついた悪魔・悪霊のことを表しているそうです。

その悪魔をお祓いするために「悪魔外」というようですね。

 

その他の豆まきの掛け声

もっと変わったところでは、

山形県

「福は内、福は内、鬼は外、鬼は外、天打ち地打ち四方打ち、鬼の目ん玉ぶっつぶせー」

福島県大沼郡

「福は内、鬼は外、恵比寿大黒、豆上がれ、日本の神々皆上がれ」

茨城県西地区

「福は内、福は内、鬼は外、鬼は外、福の神でぶっとめろ」

奈良県桜井市:大神神社

「福は山、福は山」

埼玉県秩父市:三峯神社

「福は内、福は内、鬼は外、鬼は外、ごもっともー!」

 

三峯神社節分祭ごもっとも神事

この掛け声は「宮城県:曹洞宗六国峯長泉寺」でもされているそうですが、ちょっとスタイルは違うようです。

細かい地域までわからなかった所もありますが、まだまだ色んな豆まきの掛け声があるようで、それぞれの地域によって特色があるんですね。

 

豆まきの後に豆を食べる意味とは?

豆まき 豆食べる

豆まきの後には、豆を食べる風習がありますよね。

どうして豆を食べるのかというと

「新年の無病息災を願う。」 「新年の無病息災を願う。」

といったことが込められています。

 

また、この記事でも触れたように、豆は鬼(=邪気)を祓うことに使わていますよね。

だから、豆を食べることで

身体の中にある邪気を祓う。

という意味を込めて食べるんですね。

 

家にまく豆とは別に、食べる豆用にちょっと良いものを用意すると、少し贅沢感が味わえるかもしれません。

例えば、豆の甘さを味わえる希少な大豆の品種「借金なし」

ここのお店は豆屋さんなので、ふだん目にかけないようないろんな豆が扱われています。

そんな豆まきの仕方や、豆を食べる数などについてはこちらの記事で詳しく触れてるので、またよかったらご覧ください。

参考ページ

豆まきの仕方や枡を使うワケは?豆を食べる数は何個?

 

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あとがき

豆まきの由来や意味は何なのか。

節分と豆まきとの関係性や「鬼は外、福は内」の掛け声と地域による違いなどまとめましたがいかがでしたか。

節分の豆まきにこんな起源があって、その由来や意味を考えると理解が深まりますよね。

また「鬼は外、福は内」の掛け声が、全然違う地域もあったりして面白かったと思います。

 

そんな節分の豆まきにも掛け声が変わるという話がありましたが、実は

「渡辺さん」と「坂田さん」

この名前の家では「豆まきをしなくてもいい」と言われているんです。

どういうことなの?

って思いますよね。

 

そんな渡辺家と坂田家と豆まき事情について、別の記事でまとめています。

参考ページ

豆まきは渡辺と坂田の姓はしなくていい?名字で掛け声や意味が変わる?

豆まきには、いろいろと不思議なことが多いので、ぜひこちらもご覧になってください。

 

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